製薬企業における今後のプロモーション体制のあるべき姿とは?(後編)

 
前編では製薬企業における今後のプロモーション体制について検討するにあたり、製薬業界の現状・海外各国の現状・日本政府の動きを調査した。厳しい事業環境に対して、プロモーション体制も効率化が求められている。諸外国は国家レベルで医療データ基盤の整備を進めており、日本政府も「医療DX令和ビジョン2030」でそれに追従する動きを見せている。

 
本稿ではデータおよびテクノロジーの進化を取り上げ、これらが今後のプロモーション体制にどう影響するかを論じる。そして、前編の内容も含め今後あるべきプロモーション体制についての見解を述べる。
 
カスタマードリブンのプロモーション体制に移行するにあたり、MR、MSL、デジタルのそれぞれ担うべき領域とはなにか、および主要チャネルであったMRに求められるケイパビリティはどんなものになるのかということが主な論点だ。

目次

第4章:データおよびテクノロジーの進化

  1. 生命科学データの進化により進む「個別化(テーラーメイド)医療」
  2. 生成AIの進化により問われる、付加価値の高い情報提供

 

第5章:今後のあるべきプロモーション体制/方法(仮説)

  1. スペシャリティ領域におけるコマーシャル領域での製薬企業が果たすべき役割
  2. MRに求められる役割とケイパビリティ
  3. 患者サポートプログラムの拡大
  4. コマーシャルとメディカルの協力
  5. 診断領域への進出
  6. 将来のプロモーション方法・体制

第4章 データおよびテクノロジーの進化

本章では、医療におけるデータおよびテクノロジーの進化を紹介し、それらが製薬企業のプロモーション体制にどのような影響を与える可能性があるのかを述べていく。
 

1. 生命科学データの進化により進む、「個別化(テーラーメイド)医療」

近年、生命科学情報のデータ化技術が目覚ましく発達している。例えば、個人ゲノム解析は2009年だと100日以上の検査期間、および数千万円以上の試薬が必要であったが、2020年には検査期間が1日程度となり、費用も5~10万円程度まで下がった。11年間でこれだけ進歩していることに驚きを隠せない。また、ウェアラブルデバイスの普及を背景に、心電図のビッグデータからAIを用いて心房細動の兆候を検出するシステムの研究が2020年にAMEDにて採択され、国際医療福祉大学との産学連携体制のもと開発が進んでいる事例もある。
 
このように様々な生命科学データを活用して、予防・早期診断に役立てようとする研究開発が急速に進んでいる。そこでは、遺伝子検査によって取得するゲノム解析データだけでなく、医療機関が取得する医療機器からのデータに加え、個人がウェアラブルデバイスなどを用いて取得する日常の行動やバイタルデータも利用されている。
 
こうしたデータの利活用により、患者が潜在的にかかりやすい疾患を特定することや、従来は成し得なかった早期診断、および効果がより高く・副作用がより少ない治療方法の選択が可能となり、患者ごとに最適な治療を行う「個別化医療(テーラーメイド医療)」が今後さらに発展すると考えられる。
 

2. AIの進化により問われる、付加価値の高い情報提供

昨今のAIの技術進化を語らずして、テクノロジーの進化を語ることはできないだろう。その中でも「医療AI」は最もAIの活用が進んでいる領域のひとつだ。
 
2017年に実施された厚労省による「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会」にて、医療AIの重点領域として①ゲノム医療、②画像診断支援、③診断・治療支援、④医薬品開発、⑤介護・認知症、⑥手術支援の6つが挙げられている。このうちもっとも活用が進んでいるのは②の「AIによる画像診断支援」であるが、③の診断・治療支援についても着実に活用が進んでいる。
 
2023年末の時点で既に、ChatGPTをはじめとする医療関係者向けのAIチャットボットが普及しており、現場で必要な情報を、MRの訪問を待たずしていつでも迅速に得られるようになっている。医薬情報ネットが公開しているインタビューによれば、大手製薬会社トップ19社のうち14社が何らかの医薬品マーケティング用のチャットボットを導入しているとのことだ。具体的にはオウンドメディアのFAQや製品情報、添付文書への誘導を展開しており案内している内容は一般的な医薬品についての情報から、適正使用情報(添付文書の改訂等)、使用期限・包装変更、そして患者向け資材と幅広い。また、対応する医薬品の数や精度も日進月歩で向上している。
 
今後もAIの利活用により、医師は膨大な量のデータから、欲しい情報を24時間365日いつでも得られるようになるだろう。その結果、単純な製品情報提供チャネルとしてのMRは価値が低下し、今後付加価値の低いMRの業務はAIに代替されていくと考えられる。
とはいえ、AIのみでは医師との議論や示唆出しなどが不十分であるうえ、AIからの情報のみでドクターの処方意向を変えるのは難しく、MRとの対話が必要になる場面もある。そのためMRが一切不要になるかどうかについては引き続き慎重な議論が必要だ。

第5章:今後のあるべきプロモーション体制/方法(仮説)

本章では、前編からこれまで議論してきた背景を踏まえ、各企業が現在どのような変革にチャレンジしているのかを明確にし、将来的には日本の製薬業界全体としてどのようなプロモーション体制/方法が求められる可能性があるのかを議論していきたい。
 

1.スペシャリティ領域におけるコマーシャル領域で製薬企業が果たすべき役割

前編から議論してきた通り、新薬メーカーの主な注力領域はがん、免疫疾患、希少疾患を中心としたスペシャリティ領域となっている。スペシャリティ領域とプライマリー領域における決定的な違いは、患者の命やQOLに直結するかどうかだろう。
 
つまり、処方される医薬品が患者に適さない場合、スペシャリティ領域の患者は命を落とす可能性があるということになる。
よって、スペシャリティ領域(特にがん領域)では、MRによるSOV(デジタル含む)の価値が薄れており、よりエビデンスが重要になっていることは周知の事実である。
 
スペシャリティ領域におけるコマーシャル領域で製薬企業が果たすべき役割は「適格な患者に適格な製品を届ける」ことだと言えるだろう。
 

2.MRに求められるケイパビリティの変化

では「適格な患者に適格な製品を届ける」ことが、MRにどのような影響を及ぼすだろうか。
前述の通り、今後は間違いなく個別化医療が発展していくだろう。それにあたって、医師の行動変容が起きることも間違いない。
 
これまでは、同じ病気と診断された患者には同じ治療が行われてきたが、個別化医療が進むと、患者の体質や病気のタイプに合わせて治療を行うこととなる。つまり医師の行動は「疾患」視点ではなく、「症例」視点での診療に変容していくと言えるだろう。
 
したがって製薬企業には、従来のように疾患や薬剤の情報提供を画一的に行うだけでなく、症例ベースでの情報収集と、症例ごとに異なる有効性・安全性の情報提供が求められる。
特にMRは、顧客と直接的・能動的に接点を持てるチャネルという特性を活かし、症例ベースでの情報を積極的に獲得し、治療方針の提案を含めた対話ができるようなケイパビリティが求められる。
 
自社製品にそぐわないケースも出てくるかもしれないが、結果的に「適格な患者に適格な製品を届ける」ことにも繋がるだろう。
また、症例ベースで医師と深いディスカッションを行う際は、地域特性や病院の治療方針を踏まえる必要がある。
 
一方で、デジタルチャネルの台頭によって従来MRが担っていた役割から解放されるものもある。例えば、調べれば答えが見つかる単純な情報の提供や、訪問計画の作成といったノンコア業務をAIなどのテクノロジーで代替する動きが既に見られている。その結果、MRは医師への提案やディスカッションなどの高付加価値業務に集中できるようになり、カスタマードリブンなプロモーション活動がより推進されることになる。
 
繰り返しにはなるが、これからのMRには製品知識だけではなく、地域の医療方針・特性や担当施設の経営・治療方針、そして、疾患知識や症例に対する深い理解といった幅広い知識や、それらを前提とした医師との高度なコミュニケーション能力・提案力といったケイパビリティが今以上に求められている。
 

3.患者サポートプログラムの拡大

カスタマー(患者)に重きを置いた取り組みのひとつに、PSP(ペイシェント・サポート・プログラム)が挙げられる。
 
患者自身が個別化医療を求める時勢において、支配的であった医療パターナリズムは時代遅れの価値観となり、インフォームドコンセントは既に常識となっている。COVID-19の流行以降、オンライン診療など自分にあった診療スタイルを選ぶことも可能となり、疾患知識についても患者がネットで検索できる時代だ。プロモーションコードを守ることが前提とはなるが、患者への疾患啓発・情報提供を実施する取り組みも必要となってきている。
 
従来のPSPにおける製薬企業の取り組みは「疾患情報の提供サイト」「服薬指導アプリ」といった局所的な支援にとどまっていたが、近年は未病・予防領域から治療、治療後のフォローアップまでを含めた包括的なサポートへと幅が広がってきている。
 
疾患によって患者のペインは大きく異なるうえ、患者を取り巻く周辺環境が与える影響も見逃せないことから、今後はカスタマー(患者)の個別事情を加味したサポートが求められるようになるだろう。
実現のためには一方通行のサポートにとどまらず、患者本人や医療従事者からのフィードバックをリアルタイムに取得することが必要だ。その結果、より治療効果の高い服用を促進でき、処方の継続率も向上する。もちろん、患者本人のQOL向上や医療従事者の生産性向上にも繋がる。
フィードバック取得を推進するには、医療機器企業との連携など、患者のヘルスケアに関わるステークホルダー全体での協業を視野に入れたロビー活動や、テクノロジーのさらなる進化・活用が求められる。またPSP実施のためには医師の許諾が必要であるため、MRは医師への適切な説明を行うためにもPSPを深く理解しておく必要がある。
 

4.コマーシャルとメディカルの協力

上述したMRの役割を補完する役割として、MSLは欠かせない。MRではカバーしきれない最新の論文データや高度な学術知識を備えて、医師と疾患についてディスカッションするニーズは今後ますます高まっていくだろう。
 
しかしながら、MSLの絶対数はMRに比べて圧倒的に少なく、医師のニーズにタイムリーに応えることはできていない。MSLは「医療の質の向上」と「患者利益の最大化」に寄与することを目的としており、コマーシャル活動からの独立が求められているため、MRとの連携がうまくいっていない製薬企業もあると想定される。
 
MSLに対して直接的なコマーシャル活動を求めることはできないが、医師から専門性の高いディスカッションを求められる機会があることは間違いなく、製薬企業として「適格な患者に適格な製品を届ける」ためには、MSLによる高度な学術疾患情報の提供が必要不可欠である。医師のニーズをいかにMSLへ繋げて対応してもらうかというオペレーション設計は、今後製薬企業が対応していかなければならない重要な論点だ。
 

5.診断領域への進出

次に、製薬企業が診断領域に進出する有用性について検討してみたい。
前述の通り、新薬メーカーが新たに進出する領域では、診断までにリードタイムがかかる希少疾患が多い。診断されなければ当然医薬品も処方されないので、早期診断は、患者と製薬企業のビジネスの双方にとって非常に重要なポイントである。
 
また、個別化医療の発展で述べた通り、これからは患者ごとの体質や病気のタイプに合わせて処方される医薬品が変わる時代になっていく。これは患者にとって効果が見込めることはもちろん、製薬企業にとっても有害事象の発生を防ぐという意味で非常に効果的であると考えられる。これまでは2ndラインや3rdラインで投与されていた薬が、患者によっては1stラインで投与される可能性もあるため、従来よりも投与タイミングが早まり、投与期間が長くなる可能性もある。
 
つまり、製薬企業が診断フェーズへプロアクティブに関わり、自分たちの製品に適合した患者を早期に発見することで、患者、製薬企業、そして医師にとっても大きなメリットを生み出すことができるのではないか。実際、2024年4月にはエーザイ社が認知症領域における子会社を設立し、2024年度中にMCI・認知症の早期発見に向けた発症リスク予測アルゴリズムのサービス提供を目指していると発表した。これは、2023年末に発売されたレケンビ(一般名:レカネマブ)を患者に届けるための施策として非常に有効であると考えられる。
 

6.将来のプロモーション方法・体制(競争から共創へ)

前編からこれまで述べてきた通り、製薬企業におけるプロモーション方法/体制が大きな変革期にあることは間違いない。
従来のプライマリー領域で中心だった、SOVによってシェアを奪い合う競争の時代から、「適格な患者に適格な製品を届ける」時代へ変化している。リアルワールドデータやゲノムデータ、バイタルデータなどの各種PHRの拡充、そしてテクノロジーや生命科学の進化を踏まえると、これまで議論してきたデータ・テクノロジードリブンな個別化医療は十分に実現可能と考えられる。例えば各社に所属するMRがいなくなり、第三者機関所属のMRやAIが、客観的かつ中立的な情報提供活動を実施する世界が将来的に実現されるかもしれない。そうなれば、各製薬企業は共創パートナーと位置づけられるのではないだろうか。
 
上記のような世界を実現するには、当然ながら各種規制をはじめ、製薬企業がきっちりと収益・利益を出せるモデルを構築する必要がある。もし収益・利益が出せないとすると、革新的な医薬品の創出に向けた研究開発費が捻出できなくなってしまう。
また、それらを補填するための財源についても、現在の日本においては政府から捻出することは難しいと想定されるため、すぐに実現することは難しいだろう。ただ、各種データやテクノロジーが利活用しやすいような政府による取り組み方針を考慮すると、一定の個別化医療は実現され得るはずである。真の意味での「共創市場」になるにはまだまだ時間がかかると考えるのが妥当だが、十分に想定される世界の一つであると考えられる。
 
それでも、データやテクノロジーの利活用が一定程度進めば、従来のMRが担っていた情報収集作業の大部分は不要となるはずだ。また情報提供の部分においても、上述の通り、従来から大きく発展したケイパビリティが必要となってくるため、今後もMRの減少傾向は続くと予想され、本当に価値を発揮できる少数精鋭のMRのみが残ることになるだろう。
同時に、デジタルを前提とした組織設計や人員配置、人事制度の設計などが必要となってくるため、企業としてのデジタル投資は継続していかなければならない。
 
また、コマーシャル部門とMA部門の連携は必要不可欠となり、より効率的かつ効果的なオペレーション設計にも着手していく必要があるだろう。
診断領域への進出もコマーシャル領域で付加価値を発揮するための有効な手立ての一つと考えられる。
 
当社は各製薬企業の皆様のご支援を通して、患者・医療従事者・製薬企業にとってしあわせな社会を実現するために引き続き貢献していきたいと考えている。

2024/07/01