Industry5.0へのシフトを見据えたシナリオプランニング活用のポイント

目次

  • はじめに
  • シナリオプランニング実践時の「3つの罠」
  • シナリオプランニング「3つの罠」の対応策
  • 製造業における最新のシナリオプランニング活用事例
  • おわりに

はじめに

現在はVUCA(Volatility / Uncertainty / Complexity / Ambiguity)の時代と呼ばれ、デジタルテクノロジーの急速な進展/普及や世界情勢の変化によって、将来のビジネス環境の予測が非常に困難な状況となっている。
 
特に、製造業においては創出する「価値」の指標自体が大きく変わりつつある。従来の生産性や効率性を始めとする経済的価値に加え、環境保全や人権尊重といった社会的価値が強く求められるようになっている。
 
その証左として、2021年に欧州委員会が提唱した新しい産業革命の概念である「Industry5.0」においても、過去のIndustry4.0までは盛り込まれていなかった人間中心・持続可能性・回復力という3つの軸が強く打ち出されている。
 
人間中心(Human Centric)
生成AIなどのデジタルテクノロジーやロボットなどによる単純な品質・生産性向上を図るだけではなく、より人間の価値観や需要を尊重し、協調・協働することが求められる。
 
持続可能性(Sustainability)
経済発展は追求しつつ、地球環境の保全を図る事が大前提となっている。再生可能エネルギー利用による脱炭素(カーボンニュートラル)の実現や、リサイクル促進による循環型モデルへの転換が求められる。
 
回復力(Resilience)
平時の企業活動を前提とした固定化されたオペレーション/サプライチェーンマネジメントではなく、大規模自然災害、新型コロナウイルスなどのパンデミック、国際紛争などの予測不可能かつ破壊的な状況においても迅速にサービス提供を復旧し、社会の安定に貢献することが求められる。
 
このような大きな社会の潮流を受け、製造業の各企業においては、従来の事業で行ってきたことを漫然と継続することや、オペレーション・エクセレンス重視から脱却し、経済的価値と社会的価値の両立を目指した新しい事業の創出や事業領域のシフトを目指す動きが広がっている。
 
一方、VUCAの時代においては、過去のファクトやデータの積み上げから将来を予測し、戦略を立てるのは難しい。その中で、未来予測を伴う計画策定手法「シナリオプランニング」へにわかに着目が集まっているが、同手法を正しく実行し、企業経営へ取り込むハードルの高さも合わせて認識されつつある。
本稿では、シナリオプランニングの実践において陥りがちな罠とその回避策、最新の活用事例をご紹介する。

シナリオプランニング実践時の『3つの罠』

改めてシナリオプランニングとは、特に中長期の戦略・計画を策定する際に用いられる手法のひとつである。その特徴は想定する未来をひとつに決め打ちせず、複数の未来シナリオを策定し、各シナリオへの対応策を多面的に検討する点にある。
 
同手法の歴史は古く、第二次世界大戦中の軍事作戦演習に起源があると言われているが、外部環境が早く、ドラスティックに変化する昨今の社会情勢にマッチしていることから、再び注目を集めている。
大きな投資や特殊なスキルセットを必要とせず、同手法に関するWeb上の紹介記事・書籍も多く存在していることから、一見取り組みやすく見えるのも特徴のひとつである。
 
一方で、当社クライアントからは「社内でトライアル実施したものの、期待通りの成果や具体的なアクションにはつながらなかった」というご意見を伺う機会も多い。これは、シナリオプランニング固有の陥りがちな『3つの罠』が存在しているためだ。
 
罠①:蓋然性と新規性の背反
至極当たり前ではあるものの、未来像を予測し、そのアウトプットをもって他者に示唆を与え、かつ共感を得るというのは非常に難しい。
SFのような空想では企業経営に反映させるための蓋然性に欠けるし、過去のファクトやデータから論理的に積み上げて予測するだけでは関係者が元々抱いていた想像の域を出ない(かつ、前述のとおりVUCAの時代においてはそれが的中する保証も少ない)。
シナリオプランニングから創出する未来シナリオには、蓋然性と新規性、相反する2つの特性を併せ持たせる必要がある。
 
罠②:未来像と個別課題の解像度の違い
仮に蓋然性と新規性を両立した複数の未来シナリオが策定できたとしても、同シナリオをもとに個別の事業案や開発テーマのアイデアを生み出すのはまた難しい。
これは、未来シナリオが将来の社会像や特定イシューの帰結可能性についての表現に留まることが多く、結果的に具体的なアクションを検討するには抽象度が高すぎるためである(「世界全体に対してあなたはいま何ができますか?」と問われることと同義で、具体性のある回答を出すことは困難だ)。
したがって、通常の事業案や開発テーマを検討する場合と同様に、未来シナリオが実現した際の社会や企業、ユーザーの個別課題を特定する必要がある。
 
罠③:具体的な実現手段の欠如
複数の未来シナリオにおける個別課題を特定できたとしても、解決手段と、それを実現するためのロードマップを示すことも難易度が高い。前述のとおり現代はIndustry5.0への移行期にあるため、人間中心・持続可能性・回復力といった社会価値創出に関するアクションを求められることが多く、現在の事業や保有アセットとの乖離が課題となりがちである。特に製造業の企業においては、生成AIを含むデジタルテクノロジーに関するナレッジやリソース不足に悩むケースが多い。

シナリオプランニング「3つの罠」の対応策

当社が持つ過去の支援経験から、上記「3つの罠」それぞれに対して特に有効な対応策をご紹介する。
 
罠①への対応策: ファクトベース発想×発散と収束
目新しさと納得感の両方を具備する未来シナリオ策定のポイントは2つある。
 
一つ目は「ファクトベース発想」だ。VUCAの時代に過去の情報から未来を予測するのは難しいが、一方で未来の社会に大きな影響を与える可能性がある主要な力や要因=ドライビングフォースを収集し、これをベースにした未来シナリオを発想・検討することは有効である。
ドライビングフォースの例としては、マーケティング手法の一つであるPEST分析のうち、エネルギー領域であればPolitics観点で「国内の2050年カーボンニュートラル達成」や、Technology観点で「2041年以降の核融合発電実用化」などが挙げられる。当然すべてのドライビングフォースが確実に実現される保証はないが、ドライビングフォースを俯瞰的に捉え「もし特定または複数のドライビングフォースが実現された場合にどのような未来社会が実現するか」を発想することで、一定の根拠に立脚しながら様々なシナリオを創出することが可能になる。
 
二つ目のポイントは、未来シナリオの発想と収束を同時に行おうとせず、発想フェーズと収束フェーズを明確に分けることだ。「後から根拠や実現可能性を問われると怖いので、現実性のある未来シナリオだけを考えよう」という思想でシナリオ検討を実施すると、積み上げ型の事業検討と大差がなくなってしまう。まずはドライビングフォースを軸として自由に未来を発想し、特に企業活動おいて重要なアイデアをピックアップ、整理することが望ましい。
 
罠②への対応策:未来シナリオの社会活動/ユーザーニーズへのブレイクダウン
未来シナリオを具体的な事業案や開発テーマを検討できるレベルまで具体化する/解像度を上げる秘訣は、シナリオが実現された社会を想像し、そこにおける社会活動やユーザーニーズまで疑似的に抽出することである。
例えば未来シナリオ上でエネルギーソースが再生可能エネルギーに限定されれば、その影響は当然資源・エネルギーという狭い産業分野に留まらず、より省エネルギーの物流が重要視され、プロダクトの生産方式が変わり、再生可能エネルギーが得やすい地域への産業シフトを促進させる可能性が高い。
加えて、その社会で暮らすエンドユーザーのニーズも現在と大きく変わることが推測される。社会全体でのエネルギー使用が抑制されることで、エネルギー観点での移住ニーズや、エコプロダクトの購買促進など、現在社会とは異なる消費活動へ移り変わることが予想できる。
上記のとおり、それぞれの未来シナリオに対し固有の社会活動やユーザーニーズまで細かく分析することができれば、その解決策として容易に事業案や開発テーマを発想することが可能となる。
 
罠③への対応:オープンイノベーションの推進
複数の未来シナリオを設定し、社会活動やユーザーニーズをリアルに捉え、マッチする事業案や開発テーマを抽出することができたら、次のステップは自社の既存事業の延長でカバーできる領域、カバーできない領域はどこかを仕分けし、さらに非カバー領域において自社開発するか、M&などの非連続的な手段が必要かを精査することだ。
Industry5.0時代に入り、従来とは異なる社会的価値が求められる中で、そのすべての対応を自社で賄うことは現実的ではない。コアとなる自社の提供価値を研ぎ澄ませた上で、他社のリソースを有効に活用する、オーケストレーションを行うことが求められる。この場合、シナリオプランニングによって将来の可能性を俯瞰的に捉え、自社のオープンイノベーション戦略を見直すことは非常に有効である。

製造業における最新のシナリオプランニング活用事例

本章では、当社の支援実績の中でシナリオプランニング手法を有効活用されている最新のクライアント事例を2つ紹介する。
 
事例① 大手自動車OEMにおける未来を見据えた開発テーマブラッシュアップ
ある大手自動車OEMは、昨今の自動車に求められるユーザー価値の大きな変化を捉えた上で、研究開発テーマの見直し/梃入れを企図していた。
当社が参画したうえで「持続可能性」領域のシナリオプランニングを実施し、10個の未来シナリオと、シナリオごとの社会活動・ユーザーニーズ・開発テーマ案を整理した。
「持続可能性」と特に関連の深い研究開発チームのメンバーへ、シナリオプランニング結果について共有し、ディスカッションを実施。現在の研究開発テーマにおけるカバレッジ不足や、優先的に取り組むべき技術が抽出され、ミッションのブラッシュアップが図られた。
 
事例② 大手材料メーカーにおけるオープンイノベーション戦略刷新
ある大手材料メーカーでは、将来を見据えた研究開発戦略と計画の策定を目的とした社内横断的な部門を発足させ、戦略策定の軸として当社支援の元で「人間中心」「持続可能性」「回復力」と関連の深い3つのテーマでシナリオプランニングを実施した。
その結果、同社が特にインオーガニックで獲得する必要のある不足技術領域が明示された。
現在は不足技術領域を補うことのできるパートナー候補企業の探索・交渉を開始しており、議論の場においてビジュアル化したシナリオプラニングのアウトプットを提示し、ビジョンの共有と協業領域の明確化を図っている。

おわりに

日本国内の製造業は、不確実性の高い社会状況の中で、従来の経済的価値に加えて社会的価値を併せて提供するIndustry5.0への早期的な転換が求められている。
フォアキャスト型の漫然とした従来事業の継続から脱却し、未来の社会を見据えたバックキャスト型の企業経営へシフトするために、シナリオプランニングの活用は今後ますます重要になっていくだろう。

2024/09/26