「AIスポーツ・ゲーム」によるプロスポーツビジネスなどの再活性化
「佐藤さん、 将来スポーツビジネスをやりたいのですが、やっぱり儲からないですか?」
「AIが人の仕事を奪うとは聞いていますが、それって事業としてはプラスですか、マイナスですか?」
最近、このような声をよく聞く。
2019年から急速に感染拡大した新型コロナウイルスの流行により、我が国のDXはビジネス・社会・個人の生活を巻き込んで急加速した。
一般的にDXの論点としてあげられる論点は「DXで目指すべき姿はなにか?」「DXにより、どの程度業績が改善するか?」「どのような市場・業務を対象にDXをすべきか?」などである。
しかし、その対象はほとんどが業界トップランナーで、顧客基盤・経営資源など潤沢にある既存の勝者であることが多い。
ではDXとは、勝者をさらに強くするためのものなのだろうか。当社は、そのように考えていない。うまくDXを活用すれば、苦境にある事業・産業でも業績向上や産業自体の魅力向上につながると信じている。
当社は、「Produce Next」をミッションに掲げ、2012年の創業以来100件を超えるDXや新規事業開発のご支援を行ってきた。そこで培った知見を活かし、今回は、皆さんにとって比較的身近な野球や将棋などのプロスポーツ・プロ競技を題材に、非トップランナーの生存戦略や業績向上のためのDXの仮説を紹介したい。
目次
- 二極化するプロスポーツ/競技ビジネス
- エンターテイメントのDX ~多様化・グローバル化がもたらしたもの~
- 一強他弱。先が見えないプロスポーツ/競技業界
- 非トップランナーのマネタイズ進化方向性
- 新規テクノロジーの活用により、マネタイズの可能性が広がる
- 終わりに
二極化するプロスポーツ/競技ビジネス
エンターテイメントのDX ~多様化・グローバル化がもたらしたもの~
プロスポーツに興味のある方であれば、日本でプロ野球、プロサッカー以外に「成功すれば億単位の年収が期待できるプロスポーツ」が生まれないことに疑問を持っているのではないだろうか。
実はテクノロジーの進化とグローバリゼーションが、プロスポーツや競技ビジネスを新規参入者や弱者にとって過酷な環境に変えてしまったのだ。
例えば、日本のサッカーファンであれば、Jリーグを見て特定のクラブのファンになり、スタジアムへ足を運んだりグッズを買ったりした。よって、地域密着のクラブ生まれやすく、一定の収入を期待できた。
しかし、テクノロジーの進化とグローバリゼーションにより、今では世界中のサッカーリーグの試合を見ることができ、さらに情報も収集することができるようになった。やはり人間なので、世界最高峰といわれるスペインのリーガ・エスパニョーラや、イギリスのプレミアリーグに興味を持つ人も多いだろう。その結果として、本来Jリーグに入ってくる収入の一部が、スペインやイギリスに流出するということが起こっている。
サッカーファンとしては嬉しいことだが、非トップランナーである日本のサッカークラブからすると、強力な競合が突如現れ、自分たちの売上を奪っている構造となる。
さらにエンターテイメントの多様化によって、人々はスマホアプリ、推し活、音楽・動画のサブスクなどにもお金を使うようになった。その結果、プロスポーツやプロ競技ビジネスでは、売上を維持・拡大することが格段に難しくなっている。
これをもう少し構造的に整理しよう。
プロスポーツやプロ競技ビジネスにおける市場の柱は、ファンの払うお金だ。その支払い金額は「ファンの人数 × 関与度 × 関与形態」によって変わる。
関与度とは「プロスポーツや競技と接する時間」であり、関与形態とはプロスポーツや競技への「参加形式」や「視聴方法」を指す。
一見すると、手軽にプロスポーツや競技を楽しめるようになったことから「ファンの人数」は増やしやすいように思える。またデジタル技術を用いて遠隔地からでも観戦・応援することができるうえ、YouTubeなどの動画サイトから過去の試合配信やハイライトを視聴できることから、「関与度」も増加させやすい。
一方で「関与形態」が多様化したことにより、SNSで無料動画を視聴するなど無課金でも十分楽しめるコンテンツが増えてきた。この状況を打開し売上を増加させるには、スポーツや競技に興味を持ち始めたライトユーザーを獲得し、一定のお金を払うミドルユーザーやヘビーユーザーへ育てていくことが鍵となる。
一強他弱。先が見えないプロスポーツ/競技業界
デジタル化によってライトユーザーが増加したことで、「ファンの人数」が増加した。
TVの限られたチャンネル数と異なり、Webサービスやアプリでは極めて多数のスポーツ・競技を楽しむことができる。無償で楽しめるコンテンツも多いため、元来興味がなかった層もライトユーザーとしてスポーツや競技を楽しむようになった。
しかしライトユーザーの興味はサッカーでいうスペインやイギリスのようなグローバルトップランナーに集約・寡占されやすい。さらにある「特定のスポーツ・競技に集中してお金を払う」ことよりも、「他のスポーツ・競技やエンターテイメントを無償で楽しむ」ことを選ぶ人も多い。
その結果、トップランナーが世界中から多くのファンを獲得し、知名度と売上を増加させ、優秀な選手を獲得し、チームや選手の強化につなげてさらにファンを集めるという「一強他弱」の構造となっている。
このように一度差がついてしまうと、トップランナーは好循環でどんどん強くなる一方、非トップランナーは悪循環でどんどん弱くなり、二極化が進んでいく。
非トップランナーのマネタイズ進化方向性
新規テクノロジーの活用により、マネタイズの可能性が広がる
非トップランナーにも、「ファンの人数増加」以外に、AIを活用した新たな活路が生まれてくる可能性がある。
スポーツや競技のスキルアップがしたい、観戦を楽しみたいなどの根源的なニーズを満たせるテクノロジーが増えつつあることに注目したい。
例えば、選手が着用する加速度センサーなどがついたスマートウェアから、特定の選手のフォーム解析や試合中の映像解析から「理想のフォームモデル」を生成して、そのスポーツを練習するユーザーに提供するサービスなどが考えられる。それにより「自分のフォーム」と「理想フォーム」の乖離を見つけ、効果的に理想のフォームへと近づけることができるようになる。
スポーツ選手側はモデルの利用料を稼ぐとことができ、フォームを学ぶ側は安価で効率の良いスキルアップが実現する。
さらにファン獲得と売上増加に直結するサービスも考えられる。
例えば、スマホで野球観戦をしている場合、視聴者の知識・興味に合わせて「ルールの解説」や「統計に基づく次のプレイの予測」などの情報を織り込めば、より観戦を楽しみ、夢中になる仕組みを作ることができる。
画面上ではバッターの得意なコースに色が塗られ、ピッチャーの過去の配球をもとに次のコース予測が表示される。視聴者はそれらの情報を見ながら、ピッチャーの投球やバッターの反応を予測して楽しむことできるだろう。
また技術的には、このサービスに合わせてスポーツベッティングと呼ばれる賭けを行うことも可能だ。
バッターが次の球で「アウトになる」「シングルヒットを打つ」「ツーベースヒットを打つ」などの選択肢にお金を賭け、当たれば配当がもらえる仕組みだ。
他にもスマホやVRなどで視聴者同士をつなぎ、あたかもスタジアムの隣同士で観戦しているかのように談笑しながら観戦できる仕組みも作れるだろう。これによって趣味を通じた人脈を作ったり、人々との交流によって観戦の魅力が増大したりするだろう。
これまで紹介したような新規テクノロジーの活用は、ライトユーザーが徐々にミドルユーザー・ヘビーユーザーへと移行していくきっかけに成り得るのではないだろうか。
スポーツチームや競技チームの過去のコンテンツを活かした新しいサービスも考えられる。
例えば過去試合のハイライトや、優勝を決めた試合で使われた有名選手のスパイク・ユニフォームなどをNFT化して販売することも考えらえる。これは、デジタル上の所有権が購買者に販売されるが、リアルのアセット(例:スパイク、ユニフォーム)はこれまで通り球団などが管理するサービスだが、特定のチームや選手などに思い入れがある熱狂的なファンに対して十分に需要があるだろう。(このアイディアの詳細は、過去記事「メタバースの事業機会を広げる鍵となる技術 」を参照いただきたい)
終わりに
技術革新というと、「一部の強者がさらに強くなる」印象を持つ方も多いかもしれない。一方、デジタルテクノロジーは、Google検索や無料のSNSなどを見てもわかるように「誰でも、簡単・安価に利用できる」ものも多い。つまり非トップランナーも大きなチャンスを獲得し得るのだ。
デジタルテクノロジーを活用した事業者側も、安価で多くのユーザーに提供することで、安定した事業運営も期待できる。
こういった最新技術が日本の企業や国民に広く普及し、PRODUCE NEXTにつながるように、当社もコンサルティングを通して貢献し続けていきたい。
筆頭筆者
佐藤 司(さとう・つかさ)
PARTNER
DX × Talent Management
外資系戦略コンサルティングファームやコンサルティングベンチャーの創業メンバーとして、戦略立案から実行まで一気通貫の支援経験を積む。また、人材育成・組織開発の事業会社で事業開発も経験。それらの経験を活かし、直近では「攻めのDX」として、デジタルを活用した新規事業やビジネスモデルの戦略策定・立ち上げ、またDX人材のタレントマネジメント支援に従事。 IT、金融、ヘルスケア、小売業、製造業、エネルギー等多くの業界での支援を経験。 アメリカ・ヨーロッパ・アジアの10か国でのプロジェクト経験も持つ。
DX × Talent Managementプラクティスを牽引。
2023/11/15