ニッチトップ企業のイノベーションと人的資本経営

「佐藤さん、当社はやっと国内でニッチトップ企業になれそうです。次は海外展開ですかね?」「ここ10年ほど世間からグローバルニッチトップ(GNT)企業と認知いただいていますが、さらなる成長の打ち手に悩んでいるんですよね・・・」
 
最近、このような声をよく聞く。
 
ニッチトップ企業とは、「特定市場のニッチ分野でシェアNo.1企業」のことだ。グローバル市場でNo.1であれば、グローバルニッチトップ(GNT)企業と呼ばれる。これらの企業は、特定の市場において高い競争力を持ち、強力なリーダーシップを発揮してきた。
 
当社は、「Produce Next」をミッションに掲げ2012年に創業し、直近では年間90社に対してDXや経営戦略立案およびイノベーションに向けた新規事業開発などのご支援を行ってきた。これまでに培った知見を活かし、今回は、GNT企業に必要なイノベーションおよび人的資本経営の在り方についてご紹介したい。

目次

  1. GNT企業に必要なイノベーション
  2. GNT企業特有の課題
  3. イノベーションを推進する人的資本経営
  4. 終わりに

1. GNT企業に必要なイノベーション

GNT企業として取りうる戦略は、既存事業の強化を図る「Do Better戦略」、新規事業を行う「Do Different戦略」の大きく2つある。
 
「Do Better戦略」とは、これまでの事業・強みをよりよくしていく戦略である。主にプロダクト、プロセス、ビジネスモデルの改善に焦点を当てるもので、具体的には、より高品質な製品を作ること、生産性を向上させること、そして販売手法を見直すことなどが重要となる。この戦略は本業の競争力を高め、持続可能な事業運営を図り、当該事業領域で「生存」することを主目的とする。
 
一方で「Do Different戦略」とは、これまでと異なることを行う戦略である。「成長」を主目的とし、その手法は「周辺領域へにじみだす」か「飛び地へ参入する」の2つだ。「周辺領域へにじみだす」場合は、本業の製品・サービスをもとに対応領域を広げる。代表的な例はモジュール化や海外進出などだ。「飛び地へ参入する」場合は、本業の市場や製品に依存しない事業へ参入する。技術の転用による新商品やサービスの開発や、利益を活用した金融業や事業投資などが例として挙げられる。
図1:GNTに必要な戦略

図1:GNTに必要な戦略

 
皆さんの中には、Do Better戦略の目的を「生存」と捉え、「生存」だけが目的の戦略など存在するのだろうかと疑問に思った方もいるだろう。この点に関しては興味深いデータがあるので、こちらをもとに解説する。
 
株式会社日経BPコンサルティングが2020年に行った調 査によると、日本には創業200年以上の企業が1,340社あり、世界で最も多いと言われている。(注1)しかし、その中でも本業だけに集中してきた企業は、ほぼ成長していないというデータもある。宮大工の金剛組、生け花の池坊華道会、染織物の千總、ようかんの虎屋、日本酒の月桂冠などがその一例だ。
図2:新規事業の意義

図2:新規事業の意義

 
同じ創業200年以上の企業の中でも、突出して成長しているのがイオンだ。行商などで創業したのち、「大黒柱に車をつけよ」という創業家の家訓に基づいて常に成長を模索し、本業を移転・拡大してきた。結果、現状約10兆円の売上に達している。
 
こうして歴史を紐解いてみても、外部環境の変化に対応しながら「成長」するためにはイノベーションが必須であり、いかに「Do Different戦略」を実現するかが鍵といえる。

2. GNT企業特有の課題

しかし、イノベーションに関しては、GNT企業特有の難しさがある。GNT企業は、既にニッチ領域でそのポジションを確立しており、競争力が高い。一方、異なる分野でイノベーションを起こしていく場合、不慣れな領域での事業活動となるため、一時的に競争力が低下する可能性が高い。結果、「本業に集中する方が経営効率が良い」、「本業以外に手を出すのは無駄なリスクだ」と考える経営者も多いようだ。
経済産業省 製造産業局によると、実際、GNT企業のうち28.3%が「本業への選択と集中を行い、他分野への安易な進出を避ける」ことを選択している。(注2)収益性を保ちながら新たな領域に挑戦することは、GNT企業にとって大きな課題になっているといえるだろう。
 
例えばある国内大手電機メーカーは、かつて家電や半導体など特定のニッチ分野で高い競争力を誇っており、90年代~2000年代初期に世界市場でトップシェアを占めていた。しかし、収益性の高い主力製品に依存し、新しいビジネスモデルや成長分野への進出といったイノベーションに消極的であったため、スマートフォンやIT技術の急速な進化に対応できず、結果的に市場シェアも低下して競争力が低下するような事態を招いた。GNT企業が同じ轍を踏まず持続的に生存していくためには、果敢にイノベーションに挑んでいくことが重要であり、VUCAの時代である今はより一層必要性が増している。
図3:GNT特有のイノベーションの難しさ

図3:GNT特有のイノベーションの難しさ

3. イノベーションを推進する人的資本経営

イノベーションの成否を分ける最大の要因は、イノベーションを担う人材、つまりイノベーターの活用である。人材活用のプロセスは、「イノベーションの方針決定」「イノベーターの特定」「適切な環境整備」の三段階に分けられる。
 
まず「イノベーションの方針決定」では、経営層が企業全体のビジョンと戦略に沿ったイノベーションの方針を定め、組織全体へと浸透させていく。この方針がなければ、現場の人材が自発的に革新を進めることは難しく、イノベーションが部分的な改善に留まってしまう。
「イノベーターの特定」では、具体的にイノベーションを推進できる人材を確保することが重要だ。イノベーターは、スキルと資質の両面で定義し、若いうちからイノベーションの経験を積ませなければならない。なぜなら、これまでの弊社の支援実績によると、イノベーターの資質を持つ人材は、どの企業でも1~2%しかいないからだ。
 
そして「適切な環境整備」では、これらの人材が最大限に力を発揮できる環境を整えることが求められる。特に、本業で圧倒的優位に立ち、成功し続けることに慣れているGNT企業においては、イノベーションを進める際に「失敗を恐れず挑戦できる文化」を整備することも重要となる。
 
このようなイノベーション創出に向けた取り組みと、それらに従事する社員を支援していく営み自体が、従業員のエンゲージメント・創造性の向上につながり、さらなるイノベーション創出につながっていく。
こうした考え方は、従業員を資本として捉え、その能力や創造性を最大限に引き出すための投資を行う人的資本経営そのものであり、GNT企業がイノベーションに挑んでいくうえでは、人的資本経営の成否がそのカギを握っているといえる。
図4:GNTのイノベーションを実現する人的資本経営

図4:GNTのイノベーションを実現する人的資本経営

4. 終わりに

VUCA時代の今、GNT企業が本業だけに集中することのリスクがこれまで以上に高まっており、今後も成長を続けていくために、イノベーションは避けて通れない。そして、イノベーションの推進に人的資本経営は欠かせない。
当社は、このようなイノベーションに挑戦する企業に伴走し、共にPRODUCE NEXTを創っていきたいと考えている。そして、こうした挑戦をご支援することで、世界でも有数のGNT企業大国である日本の国際的なプレゼンスをさらに高め、ブランド価値や信頼性を高めることに少しでも寄与できれば幸いである。

筆頭筆者

佐藤 司(さとう・つかさ)

PARTNER
DX × Talent Management
外資系戦略コンサルティングファームやコンサルティングベンチャーの創業メンバーとして、戦略立案から実行まで一気通貫の支援経験を積む。また、人材育成・組織開発の事業会社で事業開発も経験。それらの経験を活かし、直近では「攻めのDX」として、デジタルを活用した新規事業やビジネスモデルの戦略策定・立ち上げ、またDX人材のタレントマネジメント支援に従事。 IT、金融、ヘルスケア、小売業、製造業、エネルギー等多くの業界での支援を経験。 アメリカ・ヨーロッパ・アジアの10か国でのプロジェクト経験も持つ。
DX × Talent Managementプラクティスを牽引。

執筆者

井手 秀斗(いで・しゅうと)

MANAGER
DX × Talent Management
外資系投資銀行を経て、ライズ・コンサルティング・グループに参画。IT、金融、小売業など様々な業界でのプロジェクト経験を有し、戦略立案から実行支援まで一連のコンサルティング業務に従事。グローバルのマクロ経済や、投資・リスク管理領域に関する豊富な知見を有する。直近では、社内ベンチャー制度の設計・運営や、グローバルでのイノベーション投資戦略の策定支援を担当。