カーボンニュートラル実現に向けて (パート1: GHG排出量削減の要請と可視化の現状)
自己紹介と問題提起
パリ協定の発効と各国のカーボンニュートラル宣言を受け、企業における事業活動の脱炭素化が急務の課題となっている。企業の温室効果ガス排出量(以降、GHG)はScope 1, 2, 3排出量(詳細後述)として可視化されるが、技術的な削減ハードルの高さに加え、関連するステークホルダーの多さやそもそもの可視化方法の課題等、排出削減の道のりは容易ではない。
弊社のGX(グリーン・トランスフォーメーション)プラクティスでも、上記背景を受けて、様々な業界のクライアント各社から、可視化、削減目標設定、削減に向けたエンゲージメントまで一連の支援の相談を受けることが増えてきている。本論考では、リアルな現場での課題感を基に各社の現状とその対応の方向性について述べる。
目次
- GHG排出量削減の要請
- 主要産業のリーディングカンパニーにおける取組状況
- 排出量可視化の一般的アプローチと課題
- 弊社のアプローチ及び支援メニュー
GHG排出量削減の要請
2015年に、「国連気候変動枠組条約締約国会議(通称COP)」において、世界の平均気温上昇を抑えるためにGHG排出量を低減していく、いわゆる「パリ協定」が合意され、2016年に発効された。これを契機に、各国がカーボンニュートラル宣言を行っており、2018年にはEU、2020年には米国、中国が相次いで宣言を行った。日本も2020年10月、2050年までに脱炭素社会を実現し、GHG排出量を実質ゼロにすることを目標とする「2050年カーボンニュートラル宣言」を行った。
民間でも、世界的な気候変動リスクへの意識の高まりやこうした世界・国家規模での動きに敏感な投資家やグローバル企業を中心に、カーボンニュートラルに向けた動きが徐々に活発になってきており、近年では企業各社によるカーボンニュートラル宣言が相次いでいる。また、カーボンニュートラル宣言を行う企業の多くが、企業に対してGHG排出量や、気候変動などに対する取り組みの情報公開を求める活動を展開するCDP(カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)に賛同し、自社の排出量の算定・公開と、排出量削減に向けた取組を行っている。
GHG排出量の算定・削減は、大きく以下の3領域で行うことが求められている。
- Scope 1:自社設備で燃料燃焼、また化学反応等によって 直接排出したもの
- Scope 2:外部から購入した電気などの二次エネルギーが作られる際に排出したもの
- Scope 3:上記以外の、自社事業に関わるすべてで間接的に排出したもの
- Category 1~8:サプライチェーン上流にあたる原料調達、輸送・配送、通勤などで排出したもの
- Category 9~15:サプライチェーン下流にあたる製品の使用・廃棄などで排出したもの
前述の「パリ協定」で設定されている、世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑えるという水準を実現するためには、年率4.2%以上のドラスティックな脱炭素化が求められ、各企業は自社とサプライチェーンを含んだScope 1~3の全領域でCO2排出量削減に取り組まなければならない。
Scope別、業界別にCO2排出量を一覧にすると、多くの業界がScope 2、Scope 3(Category 1、2、11)の排出量が多いことが見て取れる。(図1)
主要産業のリーディングカンパニーにおける取組状況
次に、輸送用機器、化学、電気機器、金属製品、繊維製品、食料品、陸運の7業種における代表企業10社を対象に、各社の温室効果ガス排出量の構成と削減に向けた取組み状況について、公開情報に基づき調査した結果とそこから得られる示唆を述べたい。まずは、対象企業10社における温室効果ガス削減に向けた主な取組みと、2020年度時点のScope 1, 2, 3排出量構成を示す。(図2)
各社の排出量に着目すると、企業ごとに明確に傾向が異なることが読み取れる。輸送用機器A社は、販売した製品: 自動車の走行時の排出量が最も大きく、Scope 3 (カテゴリ9~15) 排出量が全体の8割以上を占める。一方、金属製品G社は、原材料の加工に係る燃料消費に伴う排出量が大きく、Scope 1排出量が全体の7割近くを占める。また、食料品I社は、排出量全体の規模は小さいものの、原材料・製品の調達等に係るScope 3 (カテゴリ1~8) 排出量が全体の6割以上を占める。このように排出量の規模及び構成は企業ごとに異なり、優先的に削減すべき排出項目(ホットスポット)を各社特定したうえで削減アクションを執ることが求められる。
次に、上記各社がそれぞれの排出項目に対してどのような削減アクションを実施しているかを示す(図3及び図4)。各社・各排出項目について、現状・2030年まで、2050年までの時間軸で「具体的な取組み又は計画が存在する」「方針レベルの計画が存在する」「計画及び取組みが存在しない」のステータスを整理したものである。また、各社の取り組みを同一の調査レベルで全て把握することは困難なため、本整理においては各社のサステナビリティレポート上での情報公開状況を基にしている。
本稿では、各社の具体的な計画・取組みの内容まで言及することはしないが、10社全体の傾向として概して以下のことが読み取れる。
- Scope 1排出量及びScope 2排出量のいずれも、中長期的な時間軸で具体的な削減取組みの計画を立て、実行することができている。
- Scope 3排出量のうち、製品・サービスの供給に係るカテゴリ9~15については、自社製品・サービスの競争力に係ることから具体的な計画・取組みに落とし込むことができている企業が多いが、原材料・製品の調達等に係るカテゴリ1~8については、特に2030年以降の計画及び取組みが明確ではない企業が多い
Scope 1, 2排出量は自社のコントロール下にある排出項目であり削減に向けたイニシアティブがとりやすく、特にScope 2排出量は再エネ電力の調達という明確かつすでに多くの企業が採用する技術的に確立した選択肢が存在することから、多くの企業において具体的な取組みまで落とし込むことができている。
一方、Scope 3排出量は本質的には他社の活動に由来する排出量であり、削減に向けて自社がイニシアティブをとりにくいという課題を有する。また、原材料の調達、廃棄物、社員の移動、製品の使用・廃棄、投融資等、対象とする排出活動とそれを削減するためのオプションが多岐にわたるため、Scope 3排出量削減に向けたロードマップ・アクションプランの策定に係る難易度が高い点も課題としてあげられる。さらに、Scope 3排出量の根本的な課題として、自社又は他社における削減努力をScope 3排出量に取込むことができないことが指摘される。このようなそもそもの課題も相まって、各社ともScope 3排出量の削減に対して有効な手立てを打つことができていない状況にある。
排出量可視化の一般的アプローチと課題
一般に各企業レベルで排出量の可視化を行う際は、算定の根拠となる1. 現状把握、2. データ収集、3. 実際の算定の3ステップが必要になる。
最初の現状把握では、まず可視化対象とする範囲を決定し、可視化対象となる関連企業やフランチャイズ加盟店の排出活動(事業活動)を把握する。このとき、Scope1,2,3の排出量の算定ロジックを暫定的に決定しておく。
次のデータ収集では、現状把握を通して決定した対象の各組織・関連企業・フランチャイズ加盟店から算定に必要なデータを収集する。また、収集可能なデータなどの状況を鑑み、Scope1,2,3の排出量の算定ロジックを正式に決定する。
最後の算定では、収集した必要データを基に排出量算定を実施することで可視化が完了する。
このときに使用する算定ロジックは、企業の排出量削減努力により排出量が削減されるようなロジックを選定することが理想である。これはScope1,2,3のすべての算定において言えることで、特にScope3については、サプライチェーンの他社の排出量との連動がカギとなる。しかし、現状のScope3排出量の算定ロジックでは他社のScope1、2排出量と自社のScope3排出量が連動していないため、Scope3排出量の削減を実現する難易度が極めて高い。
具体的には、排出量は活動量×排出原単位として算定されるが、排出原単位には環境省など公開の排出原単位DBから固定値を選択し計算するため、自社・他社の取り組みに紐づいておらず、削減への貢献は不可能である。一方、自社の活動量自体はコントロール可能であるため、活動量を減らせば排出量削減に貢献できるものの、実際はそのような方法でScope3排出量の削減することは極めて難しいのが現実だ。
従ってScope3排出量の削減に向けては、例えば企業別排出原単位方式などに基づく可視化アプローチを採用し、他社のScope1、2排出量と自社のScope3排出量が連動する仕組みの実現が求められる。
弊社のアプローチ及び支援メニュー
最後に弊社のGXにおける支援内容について触れておきたい。弊社では、カーボンニュートラル達成に向けた変化を好機と捉えた「攻め」、対応するべき取り組みと捉えた「守り」、両方の推進に向けたメニューを取り揃えている(図5)。企業各社が急務として取り組むべき「守り」に関してはこれまでに触れてきた通り、全体戦略の方向性を討議する「ESG経営・脱炭素戦略立案支援」、その後に続く「排出量の可視化・情報開示支援」、「達成目標・ロードマップ策定支援」、「削減実行支援」を支援する。
特に「排出量の可視化・情報開示支援」においては、各クライアントの現状の可視化の実態を踏まえ、将来の削減アクションを反映可能な形でのロジック構築及びアクションプラン構築の支援経験を多数有している。また、可視化自体は算出根拠や考え方の変化、新規情報の取得、削減に取り組みの反映など、訴求算定まで踏まえると、定常的に続く取り組みになりがちである。社会の要請、自社の事業との兼ね合いからその断面で必要な対策を見極めつつ、将来のアクションに繋がる取り組みにすることが重要である。
また、「守り」に関してはクライアント各社がコストをかけ、一種の義務的活動として取り組む内容のため、「攻め」として自社事業の強化に繋がる内容を検討していく必要があると考えている。取り扱う製品・サービス群にもよるが、エネルギーや環境から完全に切り離された製品・サービス群は僅少なため、付加価値を高める余地があると考えられる。当社では、「市場競合調査・新規事業創出支援」「新商品・サービス設計支援」「ビジネスモデル・スキーム構築支援」「コンソーシアム組成・政策提言支援」を支援した実績を有する。特に「攻め」に関する一歩目は、サプライチェーンを取り巻く上流・下流のステークホルダーの課題感、取り組みを正確に捉えることが重要となる。
本論考では、導入として日本企業各社の可視化の現状と課題について述べたが、次回以降削減に向けた実効的なアクションの方向性について触れていきたいと思う。
2022/10/24