製薬企業における今後のプロモーション体制のあるべき姿とは?(前編)

目次

  • 第1章:製薬業界の現状
    1. 3つの環境変化
    2. MRに期待される役割の変化
  • 第2章:海外各国の現状
    1. アメリカの状況
    2. フランスの状況
    3. イギリスの状況
  • 第3章:日本政府の動き
    1. 電子カルテの普及による患者情報の電子化
    2. 全国規模での患者情報を集約するデータベースの構築
    3. 医師や研究者がデータベースにアクセスし、医療データを活用できる制度・運用の整備

第1章:製薬業界の現状

1.3つの環境変化
国内の製薬企業各社は厳しい市場環境での経営を余儀なくされている。その大きな要因として、次の3つの環境変化が考えられる。

一つ目は、薬価下落に伴う市場成長率の鈍化だ。現在、薬価制度改定により薬価の見直しが毎年行われている。その結果、2027年までの直近5年間におけるCAGRはプラス0.5%~1.5%程度 になると予測されている。(注1) 成長は鈍化傾向であり、大きな伸長は期待しづらい市場と言える。

二つ目は、開発領域の狭小化による競争激化だ。患者数の多い疾患領域においては既に薬剤に対する治療満足度が高いものが多く、新たな薬剤のニーズは高くないと想定される。特に、プライマリー領域においてはその傾向が顕著である。開発領域が残されているのは、がんや免疫疾患といった患者数は多いが治療満足度が十分に高くない疾患や、患者数はかなり少ないが十分な治療方法が確立されていない、もしくは治療満足度が低い希少疾患といったスペシャリティ領域に限定される。実際に、各社のパイプラインの約80%がスペシャルティ領域 となっている。 (注2)その結果、各社の重点開発疾患領域は競合し、新薬を上市しても競争が厳しく、ブロックバスター(1剤で年間1,000億以上の新薬)が生まれにくい状況だ。

三つ目は、開発難易度の上昇だ。昨今は開発期間が長期化し1つの医薬品の完成までに10年以上の歳月が必要となっている。加えて臨床試験の成功確率も1/2.3万(0.0044%)と言われ、年々低下しており、大手製薬企業の研究開発費は増加の一途をたどっている。その背景には、従来の低分子化合物医薬品から、生物学的製剤の他、抗体医薬、細胞治療、遺伝子治療などといったのモダリティの多様化も影響していると考えられる。その一方で、細胞治療や遺伝子治療は根本治療が期待でき、モダリティの多様化に伴って製品力にも明確な違いが出てきており、今後もこの傾向が続くと考えられる。

このような市場の変化に伴い各製薬企業はこれまでと同じROIを維持するのは難しく、様々な改革をあらゆる領域で実施している。そのうち、コマーシャル領域におけるプロモーション体制についても「効果を最大化させ、かつ効率的な体制を構築する」という大きな改革テーマが生じている。

2.MRに期待される役割の変化
上述した通り、新薬メーカーにおける主戦場はスペシャルティ領域であり、この領域における各社の差別化ポイントとしてますます製品力(品質、安全性、有効性等)が重視されるようになった。その結果、従来と比べてMRの役割は限定的になってきていると言わざるを得ない。

実際、MRの大きな役割である情報提供の面では、オンラインでの医師との面談、WebinarでのKey Opinion Leader(KOL)による説明会実施、自社サイトへの誘導、M3やケアネットなどのサードパーティメディアの活用などといったデジタルチャネルが普及しており、従来のMRの役割の一部が代替されつつある。またプロモーションコードの厳格化により、MRが添付文書の範囲でしか情報提供できなくなっていることも大きく影響している。

以上のことから、これらのデジタルチャネルにMRを有効に組み合わせ、多様なチャネルを用いて各医師のニーズに対してパーソナライズした情報提供を行い、処方拡大を狙うオムニチャネル化の推進が各社で行われている。

また、コロナ禍ではMRによる医師への訪問がかなり規制されていたが、そのことを要因として売り上げが大きく落ちるということはそれほど多くなく、むしろ伸びている企業も存在した。その結果、MRの人員数は業界全体で減少傾向にあり、直近でも人員削減施策を実施している企業も存在する。実際、MRの人数は10年前に約65,000人いたのだが、直近はついに50,000人を割っている。

一方で、MRが不要になるかどうかについては引き続き慎重な議論が必要となる。
コロナ禍は各企業が揃って医師への訪問が規制されていた状況であったため、MRによる情報提供活動がなくとも売り上げを維持・拡大できた。しかし今後はMRによる情報提供活動を実施する企業としない企業とで売上に差が発生するかもしれない。ただし、MRによる情報提供が主な手段であった時代とは間違いなく異なっていることから、今後どのようなプロモーション体制を構築すべきかは引き続き重要な論点になるだろう。

第2章 海外各国の状況

第1章で挙げた「将来のプロモーション体制」を検討するうえで、海外の事例は有効な参考例に成り得る。特にアメリカ、フランス、イギリスはデジタル技術の活用や先進的なデータ管理体制を国家レベルで構築できているため、日本の将来像を検討するうえで良いベンチマークとなるかもしれない。本章では諸外国の状況と比較しながら、日本における将来のプロモーション体制について述べていく。

まず日本の状況を整理すると、MRの数は医師100人当たり23人である。また、電子カルテの普及率は約50%だ。

1.アメリカの事例
次にアメリカの状況を見ると、MRの人数は医師100人当たり8人で、日本の1/4となっている。また、電子カルテの普及率は約85%である。

アメリカの医療制度における日本との違いは主に3点ある。
一点目は患者へのダイレクトプロモーションが可能な点だ。これはダイレクト・コンシューマーアドバタイズメント(DTC広告)と言われ、テレビ、ラジオ、インターネット、雑誌などを通じて医薬品の名称、効果、適応症、副作用中事項等などを広告する。特に、スペシャルティ領域においては、ターゲティングが明確なためインターネット広告が主流となっているようだ。

二点目は政府が主導するEHR(eHealth Exchange)システムによる情報共有が可能な点だ。情報連携基盤であるEHRシステムを用いたEMRの収集や医療機関同士での情報連携を実現しており、各医師は患者の健康・治療データを共有および取得することができる。また製薬企業も患者がどこの施設にどのくらいいるのかを把握できるため、日本でのプロモーション活動よりも効率的な体制を構築できていると言えるだろう。

三点目はドクターの自己裁量だけでは薬を使えない点だ。アメリカは国民皆保険ではないため、保険会社が治療に対する重要なステークホルダーとなっている。その結果、製薬企業は医師にプロモーションするだけでは不十分であり、保険会社の償還リストに載せてもらうことが必要だ。

2.フランスの事例
フランスはアメリカよりも更に効率的なプロモーション体制を構築しており、MRの人数は医師100人に対し4人で、電子カルテの普及率は約75%である。

フランスでは医師の独立性が重視されており、自主的な判断に基づいて処方を行い、製薬企業からの影響を受けないようにすることが求められている。

また、アメリカと同様にDMP(患者情報共有システム)が導入されており、各患者のデータの保存先を共有することで、医療機関同士が相互に患者の治療歴や検査結果などの情報を連携することができている。

製薬企業にとってもどのような患者がどの病院にどれくらいいるのかを把握することができる。

3.イギリスの事例
先に上げた諸外国の中で最も効率的なプロモーション体制を構築できているのがイギリスだ。MRの人数は医師100人に対してたったの2人で、日本の1/10以下だ。電子カルテ普及率はおおよそ100%である。

イギリスが各国より進んでいる分野はやはり医療データ基盤の整備であろう。前述した通り、電子カルテ普及率はおおよそ100%であり、国民保健サービス「NHS」のデジタル組織である「NHS Digital」が「NHS番号」というID管理を用いてデータの収集や匿名加工を行い、医師や研究者が利用できる仕組みとなっている。

また、住民の医療情報はコード化されており、いつでも閲覧できる。アメリカ・フランスと同様に製薬企業はどのような患者がどの病院にどれくらいいるのかを把握できる。さらにインサイドセールスも早くから導入しており、フィールドセールスの大幅な圧縮を実現できていると考えられる。

第3章 日本政府の動き

これまで見てきた通り、効率的なプロモーション体制を構築するうえでは、医療基盤を国家レベルで整備していくことが必須といえる。日本政府においても、2章で述べた各国の取り組みと同様のことを実現しようと検討中である。
本章では特に2章と関連した3つの取り組みについて紹介する。

1.電子カルテの普及による患者情報の電子化
一点目は電子カルテの普及による患者情報の電子化だ。
前述した通り、効率的なプロモーション体制を構築に必要な患者情報を国家レベルで整備するためには、患者情報を電子化することが必須である。しかし日本における電子カルテの普及率は現状50%であり、まだまだ大きな改善余地がある。

そこで政府は、一定のインセンティブを付与しつつ政府主導で電子カルテの普及率を2030年までに100%とすることを目標にしている。ただし、導入を進めていくうえでの課題も当然生じている。

中でも一番大きな課題は電子カルテのフォーマットの統一であろう。最終的に国家レベルでの医療基盤を構築するためには、データフォーマットが最低限統一されていなければならない。

しかし、現在は各社が独自で進めている部分もあるため、どのようにフォーマットを統一すべきかについては議論が続いてきた。
現時点で政府はHL7FHIRというデータフォーマットを標準規格として採用し、共有する情報の標準コードやデータ交換手順を厚生労働省が定め、普及を推進している。

2.全国規模での患者情報を集約するデータベースの構築
二点目は全国規模で患者情報を集約するデータベースの構築だ。
オンライン資格確認システムのネットワークを拡充してクラウド間連携を実現し、自治体や介護事業者を含め、必要なときに必要な情報を共有・交換できる全国的なプラットフォームの設置を目指している。

共有する情報はレセプト・特定健診情報に加え、予防接種、電子処方箋情報、電子カルテといった医療機関などが発生源となる医療情報(介護含む)を想定している。

最終的な実現方法としては、自治体単位で集積した情報を国の管轄で一ヵ所に集約させる「全国医療情報プラットフォーム」の創設が考えられている。

3.医師や研究者がデータベースにアクセスし、医療データを活用できる制度・運用の整備

三点目は医師や研究者がデータベースにアクセスし、医療データを活用できる制度・運用の整備だ。
先に述べた「全国医療情報プラットフォーム」の創設および電子カルテ情報の標準化などを進めるともに、本人が検査結果などを確認し、自らの健康づくりに活用できるPHRのような仕組みの整備をすすめている。

そのほか、新しい医療技術の開発や創薬に向けた医療情報の二次利活用、そして「診療報酬改定DX」による医療機関等の間接コストなどの軽減を進めている。併せて、医療DXに関連するシステム開発・運用主体の体制整備や、電子処方箋の全国的な普及拡大に向けた環境整備、標準型電子カルテの整備、医療機関などにおけるサイバーセキュリティ対策を着実に実施しようと取り組みを進めている。

以上の活動方針は「医療DX令和ビジョン2030」で明文化されており、骨太方針として掲げられている。(注3)これらの制度が機能すれば、2章で述べた国々と同じような環境が整えられるため、日本の製薬企業も同様のプロモーション体制を実現できるかもしれない。

次回は、生命科学の進化やテクノロジーおよびデータの進化を踏まえ、将来的に目指すべきプロモーション体制を提示し、これから各製薬企業が日本市場においてどのようなプロモーションを実行していくべきなのかを考える予定だ。

2023/10/23