保険業界におけるデータ/AI利活用の方向性

目次

  1. 保険業界のデータ/AI利活用に関する取り組み状況
  2. 保険業界にデータ/AI利活用のユースケース
  3. AI/生成AI活用を見据えたデータ利活用の要諦
  4. 終わりに

1.保険業界のデータ/AI利活用に関する取り組み状況

日経FinTechが2024年3月に実施した調査によると、国内の保険会社を含めた金融機関の3割が、2024年度における攻めのデジタル投資を増やす意向であり(2023年度比)、2024年以降最も注力したい領域は「データ分析、活用」が首位であった。(注1)
 
また、特に近年データ活用文脈で語られるAIについて、「新商品・サービス開発やマーケティングの高度化につなげるためのAI活用」に関する保険会社の意向は強く、”既に実用化している”、”実用化したい” を合わせると金融業界全体と比較して高い水準であることがわかった。

図1:日経FinTech実施「金融機関デジタル活用調査」の内容

図1:日経FinTech実施「金融機関デジタル活用調査」の内容

AI活用の現況に目を向けてみると、保険会社を対象とした矢野経済研究所の調査結果では「既契約者対応」や「保険金支払査定」など、問合せや一部の保険事務サービス業務におけるAI活用は進んでいるが、他の業務領域については実装中/導入検討中が大半であった。(注2)
 
加えて、昨今は生成AIを中心とした技術革新が急激に進展してきており、関連した投資がグローバルで増加している。(注3)国内の保険会社においても、各社IR資料で生成AI活用を取り組みテーマとして取り上げている例が散見されている。今後もAI/生成AIへの関心はしばらく継続するだろう。

図2:生成AIへの民間投資額

図2:生成AIへの民間投資額

既存業務の改善・高度化などに留まらず、AI/生成AIのような先端テクノロジーを起点とした事業展開の余地を新たに検討することは、将来的なビジネスの種を事前に見出すことにつながる重要な取り組みである。一方、金融商品はコモディティ化しやすいことから、付加価値/差別化の源泉となるデータの取得やデータ基盤の整備などの基礎固めも肝要なため、並行して進める必要があり、保険会社各社のIR資料からは、まさに取り組んでいる最中であることが伺える。

2.保険業界におけるユースケース

次に、保険会社の各業務領域におけるAI/生成AIを含めたデータ利活用の代表的なユースケースを挙げていく。
 

①商品企画

◆新商品の開発
・顧客/事故/気象データを活用することで、テレマティクス保険、健康増進型保険、パラメトリック保険(※)や少額短期保険のような従来とは異なる保険の開発を促進する
 
※事前に設定した指標が、一定の条件を満たした場合に、あらかじめ決められた保険金を支払う保険のこと。精緻なリスク管理が必要であり、データの利活用抜きで開発するのは極めて難しい
 

②営業支援

◆営業職員・代理店サポートの高度化
・営業成績/指標分析、募集人の活動可視化等のデータ分析・可視化に基づく経営・管理サポートや効率化を実現する
・SFA(Sales Force Automation=営業支援システム)/CRM(Customer Relationship Management=顧客関係管理システム)などの営業サポートにより、営業生産性を向上させる
・デモグラフィック情報やコンタクト情報、保険契約情報などの顧客情報を一元管理し、さらには、外部イベント/データ(前述の気象データなども含む)を絡めたニーズ予測分析により、パーソナライズされた提案やマーケティングが可能となる
 

③保険金支払

◆請求受付業務の一部自動化
・保険契約者が撮影した画像や動画をAI が解析し、補償の対象となる建物や損害画像などの分析結果や、概算支払見込額をお客さまや担当者に連携することで、その後の手続きを簡略化することができる
◆不正請求の防止
・不正請求に関する過去のパターンをAIが解析し、類似する保険金請求を検知した際に担当者に連携し、不正請求を未然に防ぐことができる
 

④お客さま応対

◆Web、コールセンターでの顧客対応の自動化・パーソナライズ化
・電話、メール、テキストなどのやり取りを一元管理し、自然言語を活用した対話型AIを用いることでよりパーソナライズ化された対応を行い、既契約者との対応効率化や、顧客エンゲージメントの向上に寄与する
 

⑤新規事業

◆ヘルスケア分野への展開
・顧客の健康データを活用することで、健康管理・増進サービスや健康データの分析に基づく予防サービスを個別に提供することができる
◆データの外部提供・分析業務の事業化
・保険会社内におけるデータ分析組織の役割を拡張する、もしくは外部のデータ分析事業者と連携することにより、保険データを絡めた高度なデータ分析が可能となり、データ・分析業務そのものを事業化することができる
 
以上の例から、実現難易度の濃淡はありながらも、保険業界におけるAI/生成AI活用のユースケースは一定程度見えてきていると考えられる。多種多様なデータをインプットして、意思決定や業務をサポートするアウトプットを作成可能であることから、今後も引き続き従来のデータ利活用のユースケースを拡張していくことができるだろう。

3.AI/生成AI活用を見据えたデータ利活用の要諦

AI/生成AIの利活用を前提とすると、検討すべき論点が複数ある。「データ利活用のインフラたるデータ分析基盤をどのようなアーキテクチャで構築するか」が本流であるが、「生成AIを含めたデータ利活用の目的を何とするべきか」、「顧客保護の観点を考慮したデータ利用のガバナンスをどのように整備すべきか」なども、各社の頭を悩ます可能性はある。
これらの論点をもとに、AI/生成AI活用を見据えたデータ利活用で検討すべきアプローチの例を紹介する。
 
①目的設定
先にあげたユースケースなど、生成AIを含めたデータ利活用の目的を明確に定義する。既存ビジネスを延長するだけではなく、今後事業展開をしていく領域を見定める必要がある。
 
②データ分析基盤の構築
生成AIを活用するうえでは、強固なデータ分析基盤を構築することが必要不可欠だ。
・データ収集
 データの利活用に必要な、多様かつ多量のデータを収集する
・データ統合
 異なるシステムやデータベースから収集したデータを統合し、一元管理する
・データクレンジング
 データの品質を保つために、重複データや誤ったデータを修正・削除する
・データセキュリティ
 顧客データを保護するため、適切なセキュリティ対策を講じる
 
③AIモデルの選定とトレーニング
・モデルの選定
 保険業務に適した生成AIモデルを選定する
・モデルのトレーニング
 保険会社のデータを用いてモデルをトレーニングし、業務に最適化する。データの偏りやバイアスを最小限にする工夫が必要
 
④導入と運用
・プロトタイプの作成
 小規模なプロジェクトとして生成AIのプロトタイプを作成し、効果を検証する
・スケーラビリティの確保
 成功を確認した後、システム全体に拡大する。クラウドインフラの活用を検討する
・運用とメンテナンス
 導入後も定期的にモデルを更新し、保険業務の変化に対応する
 
⑤法規制と倫理の考慮
・コンプライアンス
 厳しい法規制に対応するため、データの取り扱いやAIの利用に関して現行の法律や規制に則った運用をする
・倫理的配慮
 AIの決定が公正であることを確認し、透明性を保つための措置を講じる。顧客のプライバシーを尊重し、データの利用に関する透明性を確保する
 
⑥企業文化の醸成・組織体制の構築
・経営陣の旗振り
 データの利活用に対する経営陣の理解と啓蒙活動などを含めた社内発信を行う
・専門人材の確保・育成
 社内外から専門人材を集め、定着化、スキルアップする仕組み作りを行う
・評価制度の策定
 データの利活用を後押しする社員へのインセンティブを付与する
・組織構造の設計・配置
 自社の組織構造に適したデータマネジメント組織組成する

4.終わりに

生成AIを始めたとした先進技術は日進月歩であり、新たなAIモデルが生み出され続け、オープンソースとして誰もが利用できるものとなっている。
規模の大きい事業者であるほど保有データ量が多いため、AIの活用に有利だと考える方もいるかもしれないが、先進技術を取り込み、自社の強みと掛け合わせて迅速に対応する力があれば、非トップランナーも大きなチャンスを獲得する可能性は十分ある。
データの利活用にはAI/生成AIの文脈が切り離せないところまで来ており、ここ数年の大きな取り組みテーマとなるであろう。
 
当社は保険業界の知見を持つ人材や、新規事業の立ち上げ経験者、AI/生成AIやデータ利活用の知見を持つ人材がワンチームとなってご支援を行っている。特に、先のアプローチで挙げられた「目的設定」において多く実績があり、AI/生成AIに関するご支援例も多数ある。
 
こういった最新技術が日本企業に広く普及し、PRODUCE NEXTへとつながるように、当社もコンサルティングを通して貢献し続けていきたい。