DXの進化形、SX(システムトランスフォーメーション)
自己紹介と問題提起
最近、「DX」という言葉を見ない日はないのではないかと思うくらい、顧客を訪問しても、記事を読んでいても「DX」という言葉を見かけ、耳にする。しかし、ドリーム・アーツ社の調査によると、DXに取り組んでいる企業は約6割にのぼる一方で、7割以上がDXとデジタル化の違いを「説明できない」と回答している。RPA導入やSaaSサービス導入は進みつつも、本当の意味でのトランスフォーメーションを実現している企業はまだまだ少ない状況である。
筆者は、当社の創業以来、業務・組織変革やDX/IT関連のテーマを担当してきた。現在は、SX(システムトランスフォーメーション)プラクティスをリードしている。前職時代含め、さまざまな業種・業界で、企業の問題発見~デジタル・IT技術を活用した問題解決に取り組んできた。これまで、企業の課題を適切に診断すること、および診断に基づき適切な処方箋(ソリューション)を提供することを追求してきた。それは、必ずしもデジタル化を意味するものではなく、場合によっては、それが逆効果になることもある。デジタル化の要否や必要レベルを見極め・提言することも筆者の役割と心得、日々コンサルティングに従事している。
今回は、前述のDXが中々進まないという課題認識に対して想定される原因と解決の方向性を説明しつつ、それらを踏まえて今後当プラクティスで提唱していく考えの概略を説明する。
目次
- DX推進におけるよくある課題
- DX実現に向けて:SX(システムトランスフォーメーション)
- SXの事例
DXにおけるよくある課題
「DXを推進しなさい」。経営者の方からミドルマネジメントの方々によく落ちてくる指示である。その結果、DX部、デジタル改革推進室といった呼称の組織が立ち上がり、DXを推進していくことになった、こういったことはさまざまな企業様で聞く話である。代表的なDXケースとしては、レガシー刷新、RPA、SaaS活用、AI導入、データ基盤整備を促進して事業基盤を刷新することなどが聞かれる。
しかし、徐々に、RPA、AI導入、データ基盤=DXと置き換わってしまうことも多いのではないか。バズワード化してきているDXという言葉の複雑性はここにあり、実際各企業様のDX推進がうまく進まない大きな理由の1つにもなっていると当社は考えている。
実際に筆者がかかわったプロジェクトでは、組織風土やガバナンスの問題など、さまざまな要因が絡み合っているケースが殆どであった。DX推進においても、まさにこのような事態が起きていると認識している。本来的には、事業構造や事業基盤をトランスフォーメーションするためにデジタル技術を最大限活用するのがDXの本質だが、多くの企業でうまくいかない事態が起きているのには、主に2つの要因があると考える。
【DX推進の主な阻害要因】
-
- デジタル技術ありきで手段が目的化する
- トランスフォーメーションにはデジタル技術導入だけでは不十分で、複雑に絡んだ企業・事業構造を紐解く必要があることを把握できていない
これら2つの要因をクリアしていくことが真のDX推進には必要なのではないかと筆者は考えている。では、どうやって進めていけばよいか?当社の考えは次の通りである。
DX実現に向けて:SX(システムトランスフォーメーション)
当社では、戦略、組織、人財、業務オペレーション、ガバナンス、風土・カルチャー、デジタル技術・IT、社会などを有機的に絡み合う「システム」としてとらえて、問題の根本原因や抜本的な対策に着目した解決策を志向している。この考え方を、システムトランスフォーメーション(以降、SXと表記)と定義をしており、既述のDX阻害要因の解決に役立つ思考法、DXの進化形ともいえる概念であると考えている。「SX」という言葉には、サステナビリティトランスフォーメーション、ソーシャルトランスフォーメーションなど、識者の方々によってさまざまな定義があるが、当社では、「S:システム」として、今後論じていきたい。
システム思考の例でわかりやすいのは、著書「なぜあの人の解決策はいつもうまくいくのか?–小さな力で大きく動かす!システム思考の上手な使い方)」にも紹介されているが、高速道路の事例が非常に印象的である。高速道路の渋滞を解消するために、従来2レーンだったのを3レーンに工事・改修する、これは正解であろうか?一見正解のように感じるが、物事そんなに単純ではない。答えは、逆に渋滞が悪化したのである。以下同書の内容から引用・編集したものを紹介する。
「渋滞が繰り返し発生すると、市民から渋滞緩和の要望が出され、行政や政治家は道路建設によって、渋滞緩和を図った。ところが、それまで通勤圏でなかったところも通える範囲となり、開発業者が宅地開発を行う。そこに、新たに人口が流入、郊外の住民がマイカー通勤を行うことによって、交通量が増加する。こうして、中長期には容量の増加分以上に交通量が増大し、都市部での渋滞はますます悪化していく。」
【ドリーム・アーツ社の調査結果】
https://www.dreamarts.co.jp/news/press-release/pr210824/
【参考:なぜあの人の解決策はいつもうまくいくのか?–小さな力で大きく動かす!システム思考の上手な使い方). 枝廣 淳子(著)、小田 理一郎(著)、東洋経済新報社、2007年】】
当社は業務改革などにおいても、表面的な問題点に対して手を打つのではなく、図2のように、本当の問題点を特定した上で手を打つことが重要と考えている。いわゆる問題特定の部分が間違っていると、当然その後の工程・作業は意味がないものになってしまう。病院で誤診され、誤った薬を処方されるのと同じである。当社はこの点に、強く課題認識を持ち、問題・課題の発見精度を高めることを当プラクティス活動の重要命題として取り組んでいく予定である。
ただし、DX圧力のかかっている企業で問題を丁寧に紐解いていくことは非常に骨が折れる作業であり、とにかく目先の成果が求められたりすると、「とりあえずRPAだ」、「SaaS導入だ」、ということになってしまいがちである。
トランスフォーメーションはデジタル技術導入だけではできないということ、一方で、デジタル技術活用がキーとなってくること、この2つの一見相反する意味のように聞こえる文脈を正しく理解・把握することが、DXを推し進めるための第一歩である。
SXの事例
SX事例を紹介する前に、前提となるシステム思考を当社が活用して、診断から解決策立案、実行支援までを一気通貫でご支援した事例を紹介する。
大手金融機関様で発生した大規模システム障害対応に関する事例になる。本件では、起きた問題事象の原因の深堀・分析を徹底的に行い、日々経営陣の皆様との討議を通して、理解・認識を共有していった。結果、社長をはじめとする経営陣のIT・デジタルの重要性に対する意識の浅さ・認識の弱さがかなりのボトルネックになっていることが明らかになってきた。これは、通常の障害分析や現場部門への指示では決して上がってくることのない示唆・提言であったと考える。このようにシステム思考を活用することで、真に必要な打ち手にたどり着くことができ、抜本的な手が打てる可能性を格段に上げることができるのである。
次に、本題であるSXのイメージを掴むために実際に当社が取り組んだ、大手通信事業者様のRPAを核にした全社DXプロジェクト事例を紹介する。同社では、数年前にもコンサルティングファームを活用して、トップダウンでのデジタルを活用したDXに挑戦したものの、現場からの反発もあり、途中で頓挫したという経緯があった。改めてRPAなどのデジタル技術を軸に、今度こそDXを推進したいということで当社にご相談をいただいた。本件においては、過去のDX推進がなぜうまくいかなかったのか?どのようにすればDXできるのか?をシステム思考の観点から分析した上でプロジェクトに取りかかった。
結果、成功のためのポイントはボトムアップによる意識改革・腹落ち感の醸成であることを特定し、この風土・カルチャーをどのように作っていくか、を重要なテーマとしてプロジェクトを推進していった。単に新技術を導入するだけでは駄目で、この部分を変えない限りDX推進はうまくいかない、そんな核心を顧客との討議・検討を通して明らかにしていった。そして、当該プロジェクトは実際にPL効果や風土・意識改革などの成果を創出することに至った。
最後に
当社は、2012年の創業以来、Produce Nextをミッションに100件を超えるデジタル技術を活用した業務改革、DX/IT構想策定から実行支援などのプロジェクトの支援を実施してきた。
今回、紹介したシステム思考を活用したDX推進(SX)は、DXを成功させるための有力なオプションになると考えている。また、さまざまなプロジェクトを通しての実践的なトライ&エラーを繰り返しながら、企業のDX状態を正しく把握するための診断から対応策の立案、実行支援と独自のメソッドを構築中である。
次回の「System Transformation」では、実際のケースで問題を解きほぐしながら、「DXの進化系」であるSXの本質をより深めていく予定である。
2022/07/06