企業のDXに向けた4つの壁
はじめに
日本国内のDX市場は、依然として成長曲線の真っ只中を歩んでおり、2030年度には3兆円規模にまで達すると予想されている。実際に、DXというキーワードで大企業を中心としたクライアント支援に従事する機会にここ数年間恵まれていると筆者自身も感じている。
一方で、日本の労働生産性の大多数を占める中小企業におけるDXの推進状況はどうだろうか。 少なくとも、大企業のようには上手く進んでいないのが現状だ。
そこで、本稿は現在DXに取り組んでいるまたは、今後取り組む可能性がある企業に宛てて、当社が行ってきたクライアント支援や、当プラクティス(SX)によるソリューション開発などの経験をもとにした、DX推進上の課題とその解消方法をご紹介する。
※SX(システムトランスフォーメーション):戦略、組織、人財、業務オペレーション、ガバナンス、風土・カルチャー、デジタル技術・IT、社会などを有機的に絡み合う「システム」として捉え、問題の根本原因や抜本的な対策に着目した解決策を導く考え方。
詳しくは当プラクティスの記事「DXの進化系、SX(システムトランスフォーメーション)」を参照されたい。
目次
- 企業におけるDXの推進状況
- DX推進上の課題とアプローチ例
- 経営の覚悟・理解不足
- DXの推進リソース(資金・人財)不足
- レガシーシステムの刷新
- 風土上の課題・変革への抵抗
- 終わりに
企業におけるDXの推進状況
総務省より公表された情報通信白書(令和4年版)(注1) によると、DXに関する取り組みを進めている日本企業の割合は約56% であった。米国で約79% の企業が取り組みを進めていることと比較すると、日本企業のDXに関する取り組みに向けた認知拡大には依然として余地が見受けられる。
企業の間でDXに関する取り組み状況が二極化する中で、今一度DX、つまりデジタル技術を用いた企業変革の必要性が強く説かれるようになった背景にも目を向けみたい。
VUCAと呼ばれる不確実性が増す時代において、デジタルによる破壊(ディスラプション)が断続的に起こり、既存事業の存続が短期化していくようになった。
今後はリモートワークへの対応や中小企業におけるHP作成など短期的な変化への追従だけではなく、断続的な変化に追従できる事業成長をデジタルの力を活用しながら企図していく、ということを真のDXとして捉え、推進していくべきではないだろうか。
当プラクティス(SX)では、そのような社会全体の変化を捉え、より持続可能な事業成長に寄与できるトランスフォーメーションの実現を目指して、各種活動を進めている。
詳しくは当プラクティスの記事「業務変革プロジェクトのデジタル化」を参照されたい。
DX推進上の課題とアプローチ例
ここでは当社のDXにまつわるクライアント支援の中で感じたDX推進上の4つの課題を紹介する。
企業規模に応じて、直面する課題は大小異なることと推測するが、各企業のマネジメント層には、是非とも事前に認知された上で、DXビジョンの策定、計画・推進に移っていただきたい。
1. 経営の覚悟・理解不足
社長を中心としたトップマネジメントから、DXの取組号令は発されたものの、号令を受けた現場監督・担当者からすると、具体性がなく、どこに向かって取組を計画していけばわからず混沌としてしまうことはよくある。
社会全体でDXの重要性が説かれているため、その潮流に乗ったは良いものの、DXの取り組み意義である「自社の長期的な成長を目指す」ことを理解できないまま、現場への指示に繋げてしまう。ここに第一の落とし穴が存在する。
この解消には、経営(マネジメント)・自社事業・技術の3要素をバランスよく兼ね備えたリーダーを配置し、トップマネジメントと現場の橋渡し役を担うポストを機能させることが有効だと考える。さらに、リーダーは自社から任命するだけではなく、外部の専門人財を招聘することにも労を惜しまない、経営側の覚悟が重要になってくるだろう。もちろん、上記の3要素をすべてバランスよく備えるリーダーはなかなか存在しないことは承知している。そのため、複数名で要素を分担するリードチームを組成することも一つの策である。
大企業においては、経営陣が任期制であることから、自身の任期内に視点が寄ってしまい、長期的な変革への覚悟が持ちづらいというジレンマも存在するだろう。一方、中小企業では、オーナー経営体制を敷いている企業も多く、覚悟を持った経営陣の強力なリーダーシップのもとで、変革を完遂する粘り強さがあるように感じる。
2. DXの推進リソース(資金・人財)不足
いざ経営の覚悟が整い、DXの推進ビジョンが見えてきても、新しい取り組みに向けた予算が確保できていない、DXの遂行適任者が社内を見渡してもいない、もしくはDXに割く時間を追加で確保できないといったような事態が起こり得る。
また、活用予算を見出せたとしても、システム予算の余剰分を活用しようとし、システム投資と同じ軸でDXを投資判断してしまうケースも多くある。
本来は、DXビジョンの策定に合わせて専用予算を可能な限り計上し、通常の維持・改善のためのシステム投資判断ではなく、長期的な事業変革を下支えする予算として管理していくことが望ましい。
そもそも予算確保が困難な場合は、長期的な成長ビジョンを定義した上で、国が提供する補助金(事業再構築補助金や小規模事業者持続化補助金)や、各自治体から提供される助成金など(2023年3月時点)を活用しながらスモールスタートし、推進イメージを全社一丸となって高めていくことも一つの選択肢であろう。
加えて、人材 の確保・育成に関しては、社内人材の育成やDX人材の採用により推進力を高めていく必要がある。しかし前者は一定の成長期間を見越した投資が必要となり、長期的な人材投資基盤の整備が困難な企業では、現実的でないことも非常に理解できる。一方、DX人材の採用については、中途採用のみならず、外部の専門人員を登用し、伴走型で社員に馴染んだ支援を受けていくことで推進体制の構築が現実てきになってくるのではないか。
無論、ここでは経営陣のDX推進に対する覚悟と惜しみない投資が最も重要な原動力になる。
3. レガシーシステムの刷新
経済産業省が2025年の崖として発表したレガシーシステムからの脱却の必要性は、改めて言及するまでもないだろう。導入してから相当の期間が過ぎたシステムで社内業務を運営することは、ビジネスへの影響が懸念されるシステム障害や、システムパフォーマンス低下を誘発し得る。システムインフラの変革を最初の根幹テーマに据え、現行の制度に縛られない思想で、既存ITシステムのスリム化や外部ソリューションの有効活用などを検討・着手されたい。
4. 風土上の課題・変革への抵抗
慣れ親しんだやり方で仕事を遂行している社員に、新しいデジタル技術やプロセスの導入を発表した場合、適用範囲や導入後の業務イメージが不明瞭なままで、不安感を抱かせてしまうことはよくあるだろう。そもそも目的や取り組み方法がわからない、取り組む時間や取り組みを続けるメリットがないなどの不満が噴出しやすく、継続的に現場の理解促進や動機付けが必要な課題である。
例えば、社員全員へのDX入門書の配布、推進部署・担当者から全社員への取組趣旨の説明や相談会開催、社員が情報収集できるポータルの開設、導入した技術活用の生の声の収集など、双方向にコミュニケーションができる機会づくりを行うことが継続的なフォローの肝になると考える。
終わりに
企業のDX課題といっても、企業規模などに応じて、4つの壁の大きさは変化する。大企業は、安定したリソース基盤(人財や資金)を生かした長期的かつダイナミックな変革への投資が可能な強みがあるだろう。また、中小企業は、経営陣が実行すると決めたら一体となって即座に行動できるスピード感が最大の強みではないだろうか。我々は、これらの強みを生かした変革を実現するために、経営陣がDXに関して正しく認知し、覚悟を決める余地がまだ存在していると信じている。 当プラクティスとしてもこのようなDXの成果を生み出すまでをイメージアップできる踏み込んだ情報発信(記事執筆やオンラインセミナーなど)を通じて、日本全体の企業生産性向上に貢献し続けていきたい。
(注1)総務省 (2022)「令和4年版情報通信白書 ICT白書 情報通信白書刊行から50年~ICTとデジタル経済の変遷~」総務省. https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r04/pdf/index.html(閲覧日: 2023 年 5 月 15 日)
2023/05/16