全社変革におけるチェンジマネジメント
急激なデジタル化やビジネス環境の変化に対応するため、多くの企業が全社規模の変革プロジェクト(DXやBPR、働き方改革、新たな業務システムの導入…)に着手している。一方で、プロジェクトを立ち上げたものの、その推進がうまくいかないという悩みをよく耳にする。
この背景には、人や組織が変化に対して抱く心理的抵抗(慣れ親しんだ環境や状態、やり方から離れたくないという無意識を含む感情)が存在している。その打ち手となるのが「チェンジマネジメント」のアプローチだ。単に個人の意識変革を促すだけでなく、企業文化やプロジェクトの特性に合わせた施策を通じて、組織が新しい状態へ円滑に移行するよう支援する手法で、導入によりプロジェクトの成功率が向上したとする報告が国内外で多数存在する。
チェンジマネジメントの考え方は多くの大企業の全社変革プロジェクトで考慮されており、本記事ではその具体例と要諦を紹介する。企業により文化や特性が異なるため、チェンジマネジメントの具体施策における唯一解を見出すことは難しいが、変革に挑む読者の皆さまにとって、実務に活かせる示唆が示せれば幸いだ。
目次
- チェンジマネジメントとは
- 全社変革におけるチェンジマネジメントの重要性
- 人や組織を変えるチェンジマネジメントの事例
- 事例1:全社的な大号令による失敗とリカバリ
- 事例2:変革の定着を見届ける
- 終わりに
1. チェンジマネジメントとは
チェンジマネジメントとは、人や組織が新しい仕組み・業務プロセス・価値観を受け入れ、着実に定着化させるための包括的手法だ。その起源の一例として、社会心理学者クルト・レヴィン(Kurt Zadek Lewin, 1890年- 1947年)による「解凍(Unfreeze)—変革(Change)—再凍結(Refreeze)」の3段階の変革モデルはよく知られている。これは、まず従来の慣習を解きほぐして必要性を認識させたうえで、具体的な変革ステップを実行し、最後に新しい状態を組織内で再凍結させて定着化するという考え方である。
現代においては、IT・デジタルやビジネスモデルの進化が加速しており、レヴィンのモデルをさらに拡張したアジャイル型チェンジマネジメントの採用が多く見られる。一定期間ごとに小さな変革を積み重ね、その都度フィードバックを得て次のサイクルを洗練させながらその精度を高めていく方法であるため、組織の抵抗を最小化しながらスピード感のある変革を実現できる。
2. 全社変革におけるチェンジマネジメントの重要性
全社的なDXやBPRは、事業部門・管理部門など、組織の垣根を超えた大規模プロジェクトとなるため、プロジェクトメンバーだけで完結することは困難だ。経営層はもちろん、現場リーダーやスタッフ、場合によっては協力企業や顧客など、多様なステークホルダーとの合意形成が必要になってくる。
こうした状況において、チェンジマネジメントをアジャイル型で導入することで、以下のような効果が期待できる。
1)抵抗の早期顕在化と解消
心理的・実務的に抵抗を感じる要因を早期に洗い出し、対策を講じることが可能。プロジェクト後半に大きなトラブルが発生するリスクを下げられる。
2)全社的な巻き込みの加速
トップダウンだけに依存せず、ライトパーソンを徐々に巻き込むことで、組織の理解とモチベーションを段階的に高め、結果的にスピーディーな全社巻き込みに繋がる。
3)変革の定着と継続的進化
単に新しい状態を導入するだけでなく、“当たり前”に使いこなすまでをプロジェクトの一環として見届けることで、業務効率化やイノベーション創出といった成果へつながることが期待できる。
※3点目は”アジャイル型”とは直接関係しないが、チェンジマネジメントを考えるうえで重要な要素
ありがちな失敗例として、「全員にプロジェクト開始の大号令をかけ、部門別の説明会も開き、不満を一気に抽出して追加の説明を行えば、スピーディーに変革が進むはず」と考えて進めるケースがある。もちろん、社内が比較的一枚岩で、経営トップの強い指導力とそこへの信頼があればこうしたアプローチが有効な場合もあるが、企業規模が大きくなるほど、状況は複雑になるはずだ。
「すべてのステークホルダーを同時に変える」という理想像は捨て去り、人や組織によって抵抗の強さやその背景が異なることを前提に、プロジェクトのフェーズに合わせて優先度の高いステークホルダーから順に巻き込む方が合理的な場合が多い。
初期段階では、少数精鋭のチームや熱心な部門を中心に成果を出し、それを段階的な社内マーケティングによって徐々にポジティブなサイクルを生みだしていく方法が結果的に組織のスムーズな意識変革に繋がる。
参考:チェンジマネジメントのアプローチ例
1. チェンジの定義
なぜ変わる必要があるのか、変革がもたらす成果は何かを明確にし、トップマネジメントから現場までを意識した一貫したメッセージを作成する。
2. ステークホルダーの可視化
組織図上の役職だけでなく、現場で影響力を持つ非公式リーダーも含め、プロジェクトのキーパーソンを網羅的に洗い出す。
3. 抵抗要因の分析
成功体験の否定や業務負荷増への懸念、ITリテラシー不足など、それぞれが抱く抵抗の本質を把握する。
4. チェンジストーリーの策定
“どんな人が、どんな行動をすると、どんなメリットが得られるのか”をストーリー化し、立場や関心ごとに合わせたメッセージを用意する。
5. エンゲージメント計画の具体化
研修や説明会、質疑・相談窓口の整備、成功イメージの共有(PoC)や成功事例の創出(Quick-Win / Small-Win)、それらの社内共有など、コミュニケーションを多層的に行い、段階的に巻き込みを拡大する。
3. 人や組織を変えるチェンジマネジメントの事例
次に、筆者が認識している事例と要諦を紹介していく。なお、冒頭にも記載の通り、チェンジマネジメントの具体施策における唯一解はないため、自社の状況に照らした際の共通項から何らかの示唆を得ていただければ幸いだ。
事例1:全社に向けた大号令による失敗とリカバリ
ある企業では技術職の社員を多く抱えており、従来の属人的・職人的な仕事の仕方を変革し、熟練の技術者のスキル/ノウハウとデジタル技術の融合による、新しい仕事の仕方の定着を目指すプロジェクトを推進していた。
最大の課題は、熟練の技術者がこの取り組みに懐疑的で距離を置いている点であった。話を聞いてみると、全社に向けた大号令が事の発端となったようだ。熟練の技術者たちは自分たちのこれまでの働き方が否定され、デジタル技術を用いた”お手軽な仕事の仕方”がさも優れているかのような印象で話されたことに、強い違和感と反発を覚えていた。
解決に向けて、同じ熟練の技術者の中でも、この取り組みに対して一定の理解を示してくれている人から誤解を解き、そこを起点に賛同者を増やしていくというアプローチを行った。もし役員やプロジェクトメンバーが、熟練の技術者たちを集めて説明をしても、「技術のことを分かっていない人」からの話だと思われてしまえば、理解を得ることは難しい。「誰から話すか」が重要な要素であるとわかる一例だ。
事例2:変革の定着を見届ける
ある製造業の企業では、複数の部門で異なる製品ラインを持っており、常に自分たちの業務を変革していくことが求められていたため、複数のBPRプロジェクトが同時に行われていた。またそれらを統合するCoEチーム(Center of Excellence, 組織横断的に取り組みの促進を図るチームで、全体の指揮やスキル提供・ナレッジの横展開などを支援)も組成されていた。
最大の課題は、各プロジェクトの成果である新しい業務プロセスが現場に定着せず、部門間での横展開にも行き着かないというものだった。各プロジェクトを推進するチームもCoEチームも、新たな業務プロセスやシステムの完了までは見届けるものの、これらが現場に定着するまでは見届けていないことが原因であった。
さらに、経営陣も含めた多くの人々の間で、”多くの変革プロジェクトが進んでいる事”が重視されており、定着とそれによる効果を見届けるところまでは意識が回らず、リソースも割かれていなかったことが根底にあった。
解決に向けて、プロジェクトの数を絞って定着まで見届けるというリソースシフトの話だけではなく、プロジェクトの初期に現場を巻き込んだPoCフェーズを導入するアプローチを行った。これにより、現場理解の醸成と定着を見据えた課題抽出ができ、現場定着までをゴールにした場合、結果的に効率的な推進が図れるというものだ。
いずれの事例も、自社内での躓きを起点に新しいアプローチを見出している。これらの企業も一度のつまずきからすぐに立て直せたわけではなく、試行錯誤の末に至った結論だ。
一方で、多くの企業がまだ様々な課題に直面し続けている。課題に直面することで自社の文化や特性に改めて気が付くこともあり、そこから真の変革プロジェクトがはじまるのではないだろうか。
4. 最後に
上記で紹介したような他社事例を参考にする際、原因特定とそこへの打ち手は切り分けて考えることを勧める。他社と全く同じ状況・全く同じ原因であることはそう多くはない。企業にまつわる複数の事象(企業文化や慣習、人や組織、業務プロセス、各種のルールや制度など)が絡んでいると考えられるため、原因を他社事例から求めると、本質を見落とす可能性がある。
一方、原因が特定できれば、その打ち手に関する他社事例を参考にするのは大いに有効である。
自社にとって最適な方法であるか否かは、社内の状況(企業全体・各組織・人の慣習や特性、プロジェクトのステータス、ステークホルダーとのコミュニケーションなど)も踏まえて判断する必要があることを心得て、引き続き課題の解決に取り組んでいただければ幸甚だ。
チェンジマネジメントのアプローチや具体施策は、企業が置かれている状況(組織・人の慣習や特性、経営やプロジェクトのステータス、ステークホルダーとのコミュニケーションなど)によって変わってくる。私たちは、第三者としてこの状況を冷静に俯瞰し、企業のチェンジマネジメント推進をサポートしていきたい。
2025/03/24